小さな学校の大きな挑戦

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聖ヶ丘ニュース
校長

【校長ブログ】中学3年卒業論文、個別指導スタート

 中学3年生にとって高校進学要件である「卒業論文」作成は、3月から個別指導することにしていましたが、やっと今週から始めることができる運びとなりました。個別指導では教員1名が23名の生徒を担当して指導しており、今年度の提出締め切りは20211月中旬としました。論文を書く上で大切なことは題材選びですが、論理的考察をする上で欠かせないことは、まずこれまでにある文献(先行文献)を調べることです。たとえ自分のアイディアが独創的で素晴らしいと思っても、ひょっとしたらすでに誰かが同じようなことを調べているかも知れませんし、役立つ情報や資料がたくさんあるからです。その意味で読書とインターネットは欠かせません。では、それをどのようにまとめれば、良いのでしょうか?大学生を指導していても同じことが言えますが、先行文献をもとに分類と比較をすることです。そうすることで筋道の通った論文を作成する土台ができるのです。

 さて、〈聖ヶ丘ニュース〉で教員の育てる農園の様子が紹介されていますが、収穫物の一つである「きゅうり」について、『野菜にも流行がある ~きゅうりを例に~』と題する論文をまとめるとして、どのように書き進めるか、一端を紹介しましょう。

 「キュウリ」「きゅうり」「胡瓜」…、といろいろな書き方がありますが、論文を書く上ではどのような表記をすればいいのでしょうか?キュウリは生物学的にはウリ科の植物で学名をCucumis sativus L.と言い、植物として扱う場合は「キュウリ」とカタカタ書きにします。収穫した後の農作物に関しては、農水省統計では平仮名で表記することとなっています。キュウリの原産地はインド北部ヒマラヤ地方の標高1300m程度の山麓部とする説が有力で、ここが古代中国より西方に位置することから「胡麻(ごま)」「胡椒(こしょう)」などと同じように異民族を示す「胡」という文字を使い、日本の漢字では「胡の地方で採れる瓜」と書きます。ただし、中国では「黄瓜(huángguā)」と言います。

 さて、日本のキュウリ栽培の歴史を振り返ってみると、これまでに4つのブームがありました。「胡」から中国を経て日本にキュウリが伝わったのは古墳時代とされていますが、実は江戸時代始め頃までは「苦さ」と「イボ」などから『嫌われ者』野菜の代表でした。また、きゅうりを輪切りにした時の切り口が徳川家の葵の御紋に似ていたため武士が食べるのを避けたとも。江戸時代中期になると、貝原益軒の『養生訓』が出版されると健康ブームが起き、「身体を冷やす」という効用からきゅうりが庶民の間に広まって行きました。明治期になると、輸送手段が発達し、各地で生まれた新しい品種がたくさん流通するようになります。ウリ科のキュウリは、自家受粉するので交配が簡単で、人工授粉をしなくてもすぐに大きく結実(単科結果性)します。

 ところで、今、皆さんが食べているきゅうりと、私の子供時代だった1960年代頃のものとは、見た目も姿も少し違います。江戸時代初期にはゴツゴツした「イボ」があって嫌われたと書きましたが、今のきゅうりはどうでしょう。「イボ」なんて余り気になりませんね。どこに行ってしまったのでしょう?私が小学生の頃、「家庭科」の授業では、「手に取って痛いぐらいのイボがあるものが新鮮だ」と教わりました。それに当時のきゅうりの表面には,白い粉(ブルームといいます)がついていました。今では鮮やかな緑色のきゅうりに人気があり、ブルームのついたものは市場にはほとんど出回りません。白い粉のブルームきゅうりは味が良かったのですが、「農薬が残っているのでは…」という噂が広まり、見た目から嫌われてしまったのです。今では、「イボなしきゅうり」「ブルームレスきゅうり」が主流になっています。つまり、野菜の品種は農家によって生み出されるのではなく、消費者によって生まれると言えるのかも知れません。このように時代によって、野菜にもブームがあるというのもおもしろい話です。

 と、こういう具合に全体を要約した形で論文の書き出し(第1章)は始まります。参考文献リストの表記は、以下を参考にしてください。中学3年生のこれからに大いに期待します。

*独立行政法人農畜産業振興機構野菜業務部『野菜ハンドブック』

https://www.alic.go.jp/y-suishin/yajukyu01_000313.html2020614日閲覧)

*青葉 高(1981)『ものと人間の文化史43 野菜 在来種の系譜』法政大学出版会、368ページ

*平本 ふく子、松本 仲子(1988)キュウリの品質と嗜好「調理科学」21, pp.206-212.