小さな学校の大きな挑戦

新しい聖ヶ丘が始まる A知探Q
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校長

【校長ブログ】今こそ「聖ヶ丘の学び」を!

 新学年が始まって早1か月半が過ぎ、新緑の美しい季節を迎えました。しかし、今年の春はいつもと違います。中には、こうした状況に苛立ちを感じたり、見通しが立たたない未来を不安に思っている人も多いのではないでしょうか?今回のコロナ禍のように予測不可能な危機を、英語では「デインジャーdanger」と言います。似たような言葉に「リスクrisk」という単語もあります。この2つの英単語の違いについて、フランス文学者にして武道家の内田 樹(うちだ たすく)先生は、つぎのように説明しています。

 国際関係論では「危険」を「リスク」と「デインジャー」に使い分ける。 リスクというのは「マネージ」したり、「コントロール」したり、「ヘッジ」したりできる危険のことである。デイ ンジャーというのは、そういう手立てがまったく効かない種類の危険のことである。 サッカーの試合で、残り時間5分で1点のビハインドというのはリスクである。サッカースタジアムにゴジラが来襲してきて、人々を踏みつぶし始めるというのはデインジャーである。 デインジャーとはまさかそんなことが起こるとは誰も予測しなかったために、そのためのマニュアルもガイドライ ンもない事態のことである。(ブログ「内田樹の研究室」より)

 つまり、COVID-19 の流行は「デインジャー」であり、今後どうなるか誰にも分かりません。5月末まで臨時休校が続き、その後、緊急事態宣言が解除される模様です。しかし、すぐに授業が再開できるのか、それによって感染は広まらないのか?少なからず不安もあります。感染拡大を防ぐためには「新しい生活様式」に変えようと言っていますが、学校生活の中でどれくらい達成できるのでしょうか、先が見通せない状況には変わりありません。こんな状況が1か月半も続いているのですから、不安のため家庭学習が思ったように進まない、手につかない、という人もいることでしょう。

 では、こんな時に私たちは、一体どうすればよいのでしょうか? この問いにも、内田先生は次のように説明しています。

 「デインジャー」というのは関与するファクターが多過ぎて、手のつけようのない危険のことである。「リスク」というのは関与するファクターが考量可能であるので、マネージしたり、コントロールしたり、ヘッジしたりできる危険のことである。(中略)人間の行う知的な活動というのは、たぶんどれも「そのようなもの」なのである。ごくごくおおざっぱな言い方を許してもらえれば、それは「悩み」を「問題」に変換すること、「デインジャー」を「リスク」に変換すること、「手のつけようのないこと」を「手のつけようのあること」に変換することである。(内田樹[2008]『知に働けば蔵が建つ』文春文庫より)。

 さらに、先生の話をまとめると、次のようになります。

  ①想像力を働かせて、「今、自分にできること」を考えよう
  ②あたり前のことを、あたり前にやろう
  ③変化を恐れず、前向きに物事を考えよう

 また、今回のコロナ禍の状況下で、悲しい出来事も伝えられています。医療関係者や配達業者の方々への差別的な言動、特定の遊技場へ集まる人々の言葉、自己中心的な狭い正義感から「自粛警察」と名乗るような人、コロナという語を使ったいじめ・嫌がらせなど、「想像力の欠如」とでも言えるような言動です。悲しいことに、命にかかわるような危機的状況が到来した時、人々の本音が現れるように感じます。普段、私たちが行っている「聖ヶ丘の学び」は、このような状況の下でこそ、真の力を発揮するものでなければならないのです。Cool Head, Warm Heart!

 COVID-19の性質についても少しずつですが解明されつつある一方で、「一人歩き」する誤った情報(たとえば、若者は重症化しない、蚊が媒介するなど)の実態が明らかになってきました。このように新しい「知識」を得ることによって、「デインジャー」を「リスク」に変換して行くことができるのだと思います。そのためには、上に掲げた三つのことを実行することが必要なのです。

 皆さんが、想像力を働かせ、私たちの生活支えてくれる社会への感謝しつつ、安全・健康を第一に過ごされることを心より願っています。困難を乗り切る力の源泉こそが聖ヶ丘の学びであり、「学びの喜び」と「与える喜び」がここにあります。その先には、皆の幸せな笑顔があります。皆さんも、ぜひ味わってください。